2011年12月 | 親の介護☆泣くな騒ぐな寿司食いネエ!

2011年12月

残存能力と介護

2011年12月01日(木)

「残存能力」という言葉を耳にされたことがあると思います。チョー簡単に言うと、障害をもっている人に残されている能力のことです。介護している人は要介護者にどんな能力が残されているかを見極め、できるかぎりその能力を使い、生かすことで生活の質を向上させるように心がける必要がありますよね。

母は最晩年はオムツを利用していましたが、今思うとそれは、母に残されていた能力を無視し、ひたすら手を抜いて介護を済ませようとしていた私のずさんな気持ちの現れでした。母はしばしば排泄の失敗をするようになりました。正直なところ、その始末をするのが面倒になっていました。また、排泄による悪臭が部屋に漂うことにも嫌悪感がありました。排泄をすること、悪臭が漂っていたことも母の生きていた証だったのに、オムツを着用させてしまったのです。今は排泄の始末にも悪臭にも悩まされていませんが、母の姿はどこにもありません。

母の能力を信じて、それを手助けすることが私の役割だったのです。私が怠け心を出さなければ、母は残された能力を必死で使い、たぶん死ぬまでオムツをする必要はなかったのではないかと思います。残存能力を生かすというのは、生活の質の向上のためだけではなく、生きようとする意志を助けるものでもあったのだと思います。「なにもできない自分」ではなく「やればできる自分」。残存能力を支えてあげることがなぜできなかったのだろうかと、悔やんでいます。

介護で興味を引き出す

2011年12月06日(火)

私が実習に通っていた特別養護老人ホームには書道や生花、手芸、音楽クラブなどがありました。どれを選ぶかは入居者の自由なのですが、自分の意志を示すことができない方がほとんどでしたから、その方の雰囲気に合ったクラブを施設側で決めていたようです。私も生花クラブのお手伝いをしましたが、手厚い介護が必要な重度の認知症の方たちが花に興味を持つことはなく、だからせっかくの花も、職員が代わりに生けておしまいといったふうでした。職員は忙しいので、ついついそういう行動を取ってしまうのです。

研修生だからこそできたことなのですが、私は花の命を手に感じて欲しいと、必ず花を手に渡して生けるお手伝いをするようにしていました。生け終った花を口に運んでしまったり、切りくずの茎だけが生けられたりなんていうこともありましたが、一瞬であっても「花がきれい」と思ってくれれば良かったのです。

施設でのクラブは「静」のものばかりでしたが、中には「動」に興味のある方もいたと思います。私の母は若い頃運動が得意で、体育関係の学校に進みたいと思っていたそうなのですが、当時は女性はお裁縫だのなんだのという花嫁修業が主流でしたから、母も不本意ながらそのテの学校に進まされました。母はそれが悔しかったようで、自宅近くの公園に散歩に行くたびに、公園の片隅にあったバスケットボールのゴール(母と正反対に、スポーツにまったく興味がないので名称がわからない・・・)にボールを投げ入れる真似をしていました。そして必ず、「いつも先生に褒められていたのよ」と自慢していました。今、その姿を思い出すのは辛いですが・・・。

人間脳の片隅には、好きだったこと、得意だったことがそっとしまわれているのかもわかりません。

管理される介護

2011年12月08日(木)

施設での生活は「管理されている」といった印象がありました。施設側としては決して管理をするつもりはないのでしょうが、一日のスケジュールが厳密に決められていますから、それに従って利用者を介護をしてゆく必要があります。健康管理のことを考えればそれも仕方のないことだとは思いますが、軽度の認知症の方にとって、自分のペースで生活ができないということはとても辛いことのようでした。

母もそうでしたが、高齢になって介護が必要になった時というのは、体を動かすこと、モノを考えることが一苦労になってしまっていて、他人のペースで生活することは到底無理な状態になっています。それでも、施設はある意味集団生活の場ですから、自分だけが違うことをしたいと主張することはできません。それを言うためには相当の勇気が必要です。その結果、やりたくない、動きたくない、そう思っても言い出すことができずに胸の奥にしまい込み、無理をしてしまうんです。わがままを言えば迷惑がかかる・・・そんな思いもあるのでしょう。その気持ちを汲み取らないと、よかれと思ってやっていることが、要介護者にとってはとんでもない負担になってしまうことがあります。

「やりたくないなら、今はやらなくていいよ」と一言言ってあげるだけで、気持ちはぐんと楽になるようです。母もそう言ってあげると「ああ、よかった」と言っていました。やらなければならないことがあっても、無理強いは禁物です。とはいっても、そのためには介護者に時間的・精神的余裕が必要になります。施設も一般の家庭でも、要介護者とゆったりした時間を共有する、これが一番難しいことなのかもしれません。

母の心、娘知らず

2011年12月09日(金)

母は、介護が必要になってから新聞もテレビをすっかり見なくなってしまいました。周囲のできごとに興味を失っていたようです。でも、もしかするとそうじゃなかったのかも・・・。元気に生活をしている人、楽しそうに暮らしている人たち、そういう人たちの生活を見たくなかったのかもしれません。体の自由がきかなくなり、希望を失い、夢を見ることさえできなくなってしまった自分に苛立ちを覚えていたのかもしれません。最近になって、母の様子を思い出してはそんなことを思っています。

母は私に心を開いてくれていなかったんだと思います。プライドが人一倍高い人でしたから、娘といえども弱みを見せることはしたくなかたのでしょう。でもそれって、母にとっても娘にとっても、さびしいことですよね。一度だけ、母の部屋に入るなり母が泣き出したことがありました。私はどう言葉をかけてよいのかわからず、「安心していいのよ、ここで安心して暮らしていればいいのよ」と母の肩を抱いてそう言ったのですが、あの時の母は何を悲しんでいたのか、ほんとうのところはわからずにいたのです。

父との生活を思い出していたのか、私に預けたきり、滅多に来なくなってしまった姉の気持ちを悲しんでいたのか、デイサービスやショートステイを理由に、しばしば施設に預けられてしまう自分が哀れになっていたのか、それとも死の不安に苛まれていたのか。どれひとつとして、私は母に安心できる言葉かけをしてあげることができませんでした。ふがいない娘だったなあ。今生きていてくれれば・・・と思うのですが、ほんと「孝行のしたい時には親はなし」を地でいってるなあと思います。

クリスマスプレゼント

2011年12月15日(木)

もうすぐクリスマスですね。クリスマスプレゼントというのは貰う立場としてはもちろんとても嬉しいものに違いありませんが、プレゼントを差しあげる側にとってもとても楽しみなものです。これを差し上げたら喜ぶかしら、これはどうかしらといろいろなプレゼント用品を物色し、それをお相手に差し上げた時の笑顔って、最高の贈り物ですよね。

近くにある、特別養護老人ホームのクリスマス会にお手伝いに行った時のことです。入所されていたSさんは軽度の認知症の他に視覚障害があり、目がまったく見えません。部屋に入ると枕の上にプレゼントの包みが置いてあるのですが、広げた形跡がありません。プレゼント、何が入っているのでしょうね?と伺うと、「さあ、さっき○○さんが持ってきたみたいだけど、何を貰ったんだろう」と小さくつぶやきます。職員がプレゼントを置いていったらしいのです。

プレゼントを開ける楽しみを一緒に味わいたいと思い、プレゼントをSさんの手に載せ、ちょっとだけ手を沿えながらリボンをはずし、Sさん自ら包装紙を取ってもらいました。中から出てきたのはふかふかのレッグウォーマー。「なあにこれ?」と聞くので、足にはいてもらうと「長生きしているとこんな嬉しいこともあるんだね」と喜ぶSさん。包みの中から何が出てくるのかワクワク、そんな子どものような心になっていたSさん。あの時のSさんの嬉しそうな顔が、クリスマスになると思い出されます。


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