2013年1月 | 親の介護☆泣くな騒ぐな寿司食いネエ!

2013年1月

娘が介護ならラッキー?

2013年01月18日(金)

社会福祉士として本格的に福祉の仕事を始めてから、もうすぐ一年になります。親の介護問題で苦しんでいる方たちの身になって・・・とがんばってきましたが、これほど親子という関係が、また兄弟や親戚という関係が複雑で面倒なものだとは思ってもいませんでした。

「娘に介護してもらえるお母さんって、幸せですね」と、私が母を介護していた時に友人知人からずいぶん言われたものでしたが、そのたびに、「介護って、そう簡単に割り切れるものじゃない。もうやだ、逃げたい。」そう心の中で思っていて、それが罪悪感にもなっていました。それって、私だけではなかったんですね。親の介護をしている方たちの多くがそういう思いの中で葛藤しているということを、肌身に感じています。

「介護」という問題が発生すると、娘だろうがなんだろうか大変なものは大変なんです。なにしろ生身の体と心をそっくりズッシリ背負うことになるのですから、そのしんどいことといったらありません。私の場合には、それほど母と子の間に難しい問題が横たわっていたわけではありませんが、もしそこに、親子の解決しがたい根深い葛藤なんていうものがあったとしたら、「親子の愛情」なんていう綺麗ごとはみごとに吹っ飛んでしまいます。

「私には親の資格がないんだよ」と涙したお婆ちゃんは、中学1年生の娘を置いて他の男性の下に走り、離婚した過去を引き摺って生き続けてきました。身寄りがなくなり、生活保護を受けて暮らす母を不憫に思い、最近になって娘は母を家に呼びよせましたが、心の奥底でやはり母を許せない。母親はそんな娘の顔色を伺いながら、びくびくと暮らしていました。日々衰え、やがて失禁が始まった母に暴力を振るうようになって、私の出番。母親を施設に保護しようとしましたが、それでも娘のそばにいたいと言う母親。自分の人生を決めるのは自分、そう思っていまは見守るだけにしています・・・。

介護の心理は複雑なもの

2013年01月20日(日)

1月15日に80歳で亡くなられた映画監督の大島渚さん。1996年2月、訪英中に脳出血で倒れ、右半身と言葉が不自由になって以来、17年間妻の小山明さんが介護を続けてこられました。

今日の東京新聞には、意識が混濁している大島さんに「私のどこが好き?」と聞くと「全部」と答えたという話が掲載されていました。介護のために女優業を一切退き、介護のためだけに17年を生きてこられた。すごい・・・と思いました。なんて素晴らしい夫婦愛なんだろう、小山さんという女性は強い方なんだなとも思い、母の介護開始後すぐに根をあげた私は自分の弱さをちょっと責めたりしていました。

ところが『女性セブン』(2013年1月13日号)を読んで、人間、そうそう強いものではないのかもと。こんなことが書かれていました。

「小山さんは仕事をすべて断り、介護に専念しました。それまで女優一筋だった彼女にとっては、食事をつくるだけでも一苦労で、徐々に追い詰められるようになり、小山さん自身もうつ病を患ってしまったんです」(芸能関係者)

そして、小山さんはこう言っています。 

「正直いって無償の愛は無理なんです。見返りとはいわないけど、“ありがとう”の一言がほしい。大島は毎日、惜しみなく“ありがとう”といってくれるんです」

仕事と介護の間で苦しまれた様子が手に取るようにわかります。私も思いました、いつまで続くかわからない介護が終わった時、果たして自分に余力は残っているのかしらと。特に40代、50代から介護が始まると、「犠牲になってしまうのではないか」という気持ちが強くなってしまうのかもわかりません。

「ありがとう」というその一言が、そんな気持ちをちょっとだけ慰めてくれたのも事実でした。そして親亡き後、「ありがとう」と言ってくれた気持ちに沿えなかった自分を責めたりして。ほんと、複雑なんです、介護者の心理って。

プライドと福祉

2013年01月27日(日)

親がお偉いさんって(上っ面名価値観かもわかりませんが、たとえば学校の校長先生とか、なんとか議員さんとか、どこかの社長さんとか)、子どもとしてはちょっと自慢したくなってしまいますよね。周囲も「恵まれた子」だと思って羨ましく眺めているかもわかりません。ところが・・・このお偉いさんの親が高齢化して自立が困難になった時、これが本当に大変なんです。とにかくプライドが高いですし、実際、生活もセレブだったりしますから、福祉サービスなんてものを容易には受け入れようとはしないのです。

認知症が出始めたり、足腰が弱って歩行が困難になって家で毎日お世話することが困難になった時、週に1~2日ぐらいデイサービスを利用してもらおうと介護保険を申請したものの、本人がテコでも動かず、「あんな所に行くのはいやだ。」と抵抗して、家族もケアマネージャーもほとほと困ってしまうというケースが最近とみに増えてきています(団塊の世代が増えてきたこともあるのでしょうか)。

こういう時には、肩肘張らなくてよい環境の中で自然に生きてきた方のほうが、環境の変化を容易に受け入れられるようですし、また受け入れようと自分の気持ちを抑えたりすることがあります。本人の身になれば大変な思いを抱えているのかもわかりませんが・・・。

プライドもお金もあるなら有料老人ホームに入所しては?と思われるかもわかりませんが、国が目指している基本はあくまでも在宅で生活することなんですよね。家族も、有料とはいえ施設に入所させることに抵抗がありますし、本人もできるだけ自宅で家族と一緒にいたいと思っていますから、そうなると、地域の福祉サービスを利用しながら家族が背負う介護の負担を減らしていく方法を考えるしかありません。


人間は誰しも老いるし、最後まで一人で生ききることも難しいと思います。周囲に迷惑をかけまいと思うなら、「老いた時にはプライドを捨てる」覚悟も必要なのかもしれません。本当は、個々のプライドを尊重できる態勢を整えるべきなんだろうと思うのですが、残念ながら福祉の現場は相変わらずのチイチイパッパ・・・意識を変えるのは難しそうです。


QLOOK ANALYTICS