介護と家族 | 親の介護☆泣くな騒ぐな寿司食いネエ!

カテゴリー:介護と家族

介護保険は強い味方?

2015年09月06日(日)

Kさんは妻と息子の3人暮らし。妻はいつ行っても「こんにちは」と言うより早く愚痴が始まります。「大変だ、ああ嫌だ、私ばっかり苦労している、お金がない・・・」等々。そんなKさんが心不全を起こして救急車で運ばれ、入院してしまいました。だいぶ前にも心不全を起こして入院したことがあり、それ以後体調をくずし、昼間はごろごろと横になっているだけで、顔には表情がなく私の質問に答えることさえ億劫な様子でした。親戚や民生員が妻に介護保険の申請を勧めていましたが、「介護保険料を払った上に利用料なんかとても払えない」と言って、ずっと申請をしていなかったのです。

ついに外出の時には車椅子が必要なほど足が弱り、妻自身が大変になって、ようやく重い腰をあげて介護保険を申請しました。認定結果は「支援2」。デイサービスを週1回利用するようになり、ようやくKさんの顔に笑顔が見られるようになりました。家に行くと、飼い犬に餌をあげていることもあり、気力が出てきたのかなとほっとしていた矢先の入院でした。入院の日、そのことを知らずに、たまたま用事があって訪問した私に妻は「入院だ、帰ってくれ」と、顔も見ないで犬でも追い払うような仕草をしました。いつものことなので驚きはしませんでしたが、それよりも咄嗟に思ったのは、2週間ぐらい入院した先のことでした。今の調子なら、退院した時には歩けなくなっている可能性があります。

妻は人の話を一切聞かないし、理解することもできないので、仕方なく緊急連絡先になっている息子さんに、退院後の生活について相談したいと電話をしたところ、「てめーら、なんで俺たち家族に余計なことしようとしてんだよ」とすごい剣幕。この息子さんは定職がなく、父親に恨みもあって、面倒を見る気はさらさらありません。それはわかっていたのですが、でもでも、このまま家に戻れば妻の老々介護が始まることは目に見えています。さて、この家族をどうやって支援すればいいのでしょう・・・。

実は、一番の問題点はお金がないことなのです。いくら介護保険を使っても1割の負担は避けられません。おそらく介護度は退院後にはあがるでしょう。介護度があがれば負担する額もあがります。訪問看護、訪問介護、デイサービスなど、いろいろなサービスを使うことでようやく可能になる在宅生活ですが、デイの費用でさえ愚痴のタネだったのですから、これ以上の負担は避けたいと思うに違いありません。もし家では看られないということになっても、施設入所はさらに難しい選択になります。

「お父さんが死んだらお金がどこからも入んないんだよ、どうやって生活したらいいだ。だから死なれたら困るんだよ。」という無年金の妻。なんだか、迷路に入り込んでしまったような気分です。でも・・・私たちは、こうした方たちをなんとか支援しなければならないのです。息子さんの言うように、これは家族の問題であり、家族が解決すればいいことなんです・・・ほんとは。もし私がこういう仕事をしていなければ、「自己責任」という結論だったでしょう。でも、福祉の一端を担う私たちは、こうした問題がなぜ生まれてしまうのか、その根っこから考えて解決に向けて知恵をしぼっていかなければならないのです。

長寿はめでたい?

2015年08月02日(日)

90歳を超えるというのは本当に大変なことですが、90歳以上の高齢者の方たちにお会いすると、特別なことをされてきたというわけではなく、まさに持って生まれた「寿命」が命を支えているという気がします。大きな病気を持っていても、病気とうまくつきあいながら長寿を保たれている方もいますし、病気という病気をしたことがないという、健康そのものの方もいます。「ご家族が大切にしているから長生きしているんだろう」と思うかもわかりませんが、そして、私もこの仕事をするまではそう思っていたのですが、そうとばかりはかぎらないようです。

先日、92歳の誕生日を迎えたばかりのY江さんは、夫と30年近く前に死別。長男一家とひとつ屋根の下で生活していますが、夫亡き後、家族とはほとんど口をきくこともなく、一人、部屋に閉じこもって生活してきました。出入りは庭に面している自室の履きだし窓。昼間は家族が働きに出ているので、その間に、風呂に入ったり料理を作って食べたりしていました。若いうちはそれでもなんとかなっていましたが、年とともにできないことがどんどん増え、最近は風呂場を排泄物で汚してしまったり、ごはんが作れず、食べないで過ごす日々が続いたりという状況でしたが、ご家族は眉をひそめるだけで手伝う気はありません。思い余ったY江さん、ついに自殺を図ってしまいました。

一命はとりとめましたが、家族の心は以前よりも離れてしまい、一緒に暮らすための努力と時間を、老人ホーム探しに向け、ついに、安価な有料老人ホームをみつけてY江さんを入所させてしまいました。入所したらそれきり、長男が訪問することはなく、Y江さんの部屋を片付けて、せいせいと自分の部屋にしています。

Y江さんのことをお気の毒に思う反面、誰一人理解者のいない家族の中で孤独を味わうより、職員に大切にしてもらえる今の環境の方が、Y江さんにとっては幸せなのかなと思ったり。長生きすることで、人生の楽しみを一日でも多く味わえるなら本当に幸せだと思いますが、どうも、そうはいかないケースの方が多いようです。

二世帯住宅、ちょっと待って!

2015年01月03日(土)

明けましておめでとうございます。年明け早々ですが、元旦の新聞を広げ、一面を使っての広告にちょっと考えさせられてしまいました。その内容は「今年こそは二世帯住宅を・・・」といったものでした。

二世帯住宅をお考えの子どもさんたち、ちょっと待って!そして、二世帯住宅をお考えの親御さんもちょっと待って!二世帯住宅の結末が幸せとは限りませんよう。

地域には、売り出してからそろそろ20年になろうとしている住宅地があります。もともと山林を切り拓いた郊外で、交通の便のあまり良い所ではありませんが、それでも家の売り出し価格は平均して5000万円ぐらいでした。二世帯を想定した広い家が売りで、入り口が別々になっていたり、一階、二階にそれぞれ台所やお風呂のある家もあります。売り出し当時、親世帯が60代、子世帯が30代ぐらいというケースが多かったようです。親が退職金を使って購入費の大半を負担し、その代わりに老後の面倒を見てもらおうと算段されていた方も結構いました。・・・が、親がいよいよ高齢化した今、二世帯であることが子の負担となり、さまざまな問題が起き始めています。

子は50代ぐらいですからまだまだ仕事をしている年齢で、最近は夫婦共働きが多いので、日中は高齢者だけが家に残されることがあります。親は食事を作ったり、買い物をしたりすることが大変になっているので、子が食事の準備をしていってくれなければ、食事を抜くか、家にあるパンを齧っているか、歩ける範囲にコンビニがあれば、弁当を買いに行くという方も少なくありません。風呂も見守りなしでは入れなくなっているのに、子の負担になると思って言い出せず、数ヶ月入浴をしていないというケースも散見します。

これに認知症などが加わると、家中がパニックになります。仕事で疲れて帰ってきてみたら、トイレを詰まらせて家中水浸しになっていたり、排便の始末ができずにあちこちの壁に便を手でこすりつけた跡があったり、徘徊が始まったけれど、会社を休めないしどうしよう・・・といった具合です。長男の妻がヒステリー状態になって私たちの職場に飛び込んできたこともあります。「一緒になんて生活できない、施設に入れたい!」と。二世帯住宅を選んだのは双方承知の上だったのに、こんなことになるとは。

親は退職金のほとんどを家の購入費に当ててしまっていますから、自立しようにも、施設に入るお金や、生活を不自由なく過ごすための援助を、外部に全面的に依頼するほどのお金は残っていません。子に依存する以外方法がないのです。

老後は子どもに・・・この発想はやめたほうが懸命です。老いて大変になれば、介護保険をうまく使えばなんとか生活をしていくことはできますし、最近は民間のサービスも充実してきています。所詮人間は一人、子は子の人生があると割り切って老後の生活を設計する必要がありそうです。ただし、そのためにはそれ相応のお金が必要です。退職金を二世帯住宅の購入に当てるか、それとも、いざという時に自立できるよう貯めておくか、親子でよ~く相談されたほうがよさそうです。

薬の管理が難しくなったら

2014年10月26日(日)

高齢者の病院通いには意外な問題点があります。受診の際に自分の症状を医師に正確に伝えられなかったり、医師からの説明を十分に理解できないのです。そのため、飲むと具合が悪くなると感じている薬なのに、医師にそれを伝えられず、飲まないと病気が悪くなると思い込み、お呪いのように飲み続けているなんていうケースもあります。

90歳のお婆ちゃんがいます。しっかりされているようでも年齢的な衰えは隠せず、記憶力や理解力に問題があって、日常生活を送る上では家族の支えがどうしても必要になっています。特に医療面では、一人での通院が難しい状態になっているのですが、同居している息子夫婦は仕事が忙しいこともあって、まったく意に介していません。病院へはタクシーを利用して行っているのですが、タクシーの乗降も結構大変です。

もっと切実なのは薬のことです。薬をきちんと飲むことができず、飲んだのを忘れてまたすぐに同じ薬を飲んでしまうのです。体が急に震えだしたり、目が回って倒れたりすることがあって、そのたびに自分で救急車を呼んでいました。救急隊員からは「またですか」と言われる始末。ところが、本人も家族も、まさか薬のせいだとは思っていなかったようです。ケアマネさんが関わるようになり、まず最初に薬を疑いました。案の定、受診した数日後に訪問すると、3週間分出されているはずのメンタルのお薬と入眠剤がほとんどなくなっています。意図的にではなく、本当に忘れてしまって、一日に何回も飲んでしまっていたのです。

本来なら、家族に服薬管理をお願いするところですが、ケアマネさんは、家族関係を考え、他人にお願いしようと思いました。「居宅療養管理指導」の制度を利用したのです。薬剤師さんが月1回、薬の管理指導のためにお婆ちゃんの家を訪問していますが、それ以来、薬の過剰摂取はなくなり、救急車を呼ぶこともなく、とても健康に過ごされています。居宅療養管理指導については長くなるので書きませんが、もし、そうした制度を利用してみたいと思ったら、ケアマネさんに相談してみてください。

高齢者の受診の際には、できるだけご家族が同伴されることをお勧めしますが、それを負担だと感じるご家族や、独居高齢者の方もいますので、医療に精通した専門家が、受診時に診察室に一緒に入って話を聞いてくれるような制度があるといいなあと思っています。

徘徊させたら介護者の責任って?

2014年04月25日(金)

昨年、徘徊して列車にはねられ死亡した愛知県の91歳(当時)の男性の妻(当時85歳)に対し、24日、名古屋高裁はJR東海へ359万円の損害賠償を支払うよう命じました。長男は見守る義務がなかったということで、支払い請求が棄却されています。とても複雑な思いでこのニュースを受け止めています。

昨年8月の地裁判決では、横浜市に住み、父親の介護方針を決めていた長男に事故を防ぐ責任があったと認定し、見守りを強める責任を果たさなかったということで長男に対しても損害賠償の支払いが命じられています。ほかの親族3人は介護への関わりが乏しいので責任なしですって。ひどい話だなあ・・・と思います。介護していた妻にすべての責任を押し付けています。介護をしていた人が一番の悪者になっちゃうなんて、そんなのって、あり???

徘徊する高齢者の見守りは、想像しているよりもずっとずっと大変なのです。作家の丹羽文雄さんも最後は認知症になり徘徊を繰り返していましたが、介護をされていたお嬢さんが、どんなに高いところに鍵をかけても、何重に鍵をつけても徘徊する時には鍵を開けてしまうのだと書かれていたのを思い出します。一体どこから鍵を開ける力や知恵が出てくるのか不思議だったそうです。私自身、足腰が立たないはずの方が、徘徊の時になるとスタスタと歩かれるのを見てびっくりした経験があります。

親の介護でくたくたになっている兄弟姉妹を尻目に、介護負担から逃げ回っている人たちがたくさんいます。なかには「生きている間は会うのもいやだ、連絡もしてくるな」と親兄弟に言い捨て、それでも「死んだら家は継いでやるから、財産は俺に渡せ」と、わざわざ公正証書まで作っている長男なんていうのもいます。

介護していた人をさらに叩きのめすような判決を下す暇があるのなら、こうした介護者の負担軽減の方策を国に命じるなりしたほうがよほど建設的なのではないでしょうか。平成27年をメドに「介護3」以上しか施設に入所できなくなるなど、認知症の高齢者は在宅介護が基本、という姿勢を国が示している中、こうした判決はほんと「時代に逆行した判決」です。85歳というご高齢で、こうした判決の中に身をおかなければならなくなった妻にも同情を禁じえません。夫婦であったことがすべて帳消しになるような酷な判決です。

裁判長さんよ、あなたが徘徊老人になった時は、ウムを言わせず「拘束」しましょうかネ。


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