社会福祉士 | 親の介護☆泣くな騒ぐな寿司食いネエ!

カテゴリー:社会福祉士

社会福祉士として働く

2012年03月01日(木)

思いもかけない展開があり、社会福祉士として特別養護老人ホームに就職することが決まりました。母の介護が終わってからずっと、社会福祉士の資格を何一つ生かしていなかった私ですが、心の奥底ではずっと福祉の仕事をしたい、資格を生かした仕事で社会貢献をしたいという思いがずっとありました。ボランティアをやればいいのに・・・と思われる方もあるかもわかりませんが、自分が社会に向けて発信するすべてのことについて、自分が責任を取るという意味では、職業として実践する福祉とボランティアが実践する福祉とでは一線を画すものがあると思っています。

その年齢でよくぞ引き受ける施設があったものだ?・・・実は、母がお世話になっていた施設なのです。母が亡くなってからもずっと評議員をお引き受けしていましたので、10数年のおつきあいがあり、施設長のことも職員のことも、この目でずっと見つめてきた施設です。施設長は終始一貫して高い理念の下で動いていましたし、職員の福祉への情熱も他の施設と比較しても高いと感じていましたから、こういう施設で働けたらと思っていたことが実現したわけです。これまでの人生の中で、やったけれどムダだったと思ったいろいろなことが、ここにきてようやく花開いてくれるかもわかりません。母の介護も貴重な経験でした。母が背中を後押ししてくれたのかもわかりません。すごい遺産かな。

外国人の介護士

2012年02月04日(土)

毎日新聞に『介護を「開国」せよ!』という鳥越俊太郎さんの寄稿が掲載されていましたので、まずは全文転載させて頂きます。

私ごとで恐縮ですが、私の母は91歳。転倒、骨折、入院を繰り返すうちに見当識障害、意識障害などが表面化し認知症にも移行しました。加えて最近、上行結腸部にがんが見つかり、手術という話が現在進行中です。幸い近くに妹夫婦が住んでおり、ある程度の介護は可能ですが、施設入所中の母はやはり専門の介護関係者のお世話にならなければなりません。

私自身も来月72歳、いつ介護を必要とするか分からない、そんな水域に入ってきたなあという自覚があります。そういう心境の折、朝日新聞1月30日付夕刊にこんな見出しを発見しました。<高齢者4割 現役5割 50年後推計 高齢化率 世界で突出>

これは厚生労働省関連の研究所が公表した将来推計人口の数字です。高齢者が増え現役世代が相対的に減少するということは、極論すれば、今後の日本では介護という仕事は減るということは絶対にありません。日本社会を支え維持していくうえで、介護という仕事(職業)は重要な課題となっていくはずです。しかし、厚労省は右手でそんな数字を公表しながら、左手でやっている介護に関する“ある事柄”は全く矛盾の極みと言ってもいいでしょう。私は正直なところ「怒り」さえ覚えます。日本の中央官庁の官僚(役人)には血の通った人間はいないのか、と。

先月29日、介護福祉士の国家試験が行われ、インドネシアとフィリピンの外国人95人が受験しました。この試験は日本人でも合格率が50%という超難関。受験資格は3年以上の実務経験が必要ですが、外国人の滞在は4年と決められているため、受験、つまりチャンスは1回だけです。両国との協定(EPA)で合わせて749人が介護士になるため来日していますが、試験に不合格なら日本退去の運命です。日本の若者だけでは介護の世界は支えられないのが現実です。官僚サン、考え直してください。

91歳の母親の介護をとおして、介護福祉士の問題点を書かれていて興味深いのですが、現実をご存知ないのかと、ちょっと気になりました。高齢化率が高くなり若者が減少している・・・というこの現象だけを見れば、確かに外国の方達にさらなるチャンスを与え、たくさんの方達が介護福祉士となって日本で働いてくれるようになれば、一定の問題解決にはなるかもしれません。

でも・・・鳥越さんは、日本でなぜ介護職につこうとする若者がいないのかということについてはたぶんご存知ないのだと思います。福祉の仕事では生活が成り立たないのです。求人広告のチラシを見てみると薬剤師が2,500円、その下に介護士の時給800円の文字が並んでいます。パートだから安い?違うんですね、正社員でも年収200万円台という介護士がたくさんいます。これでは志高く、福祉の仕事につきたいと思っても断念せざるをえません。

日本はなぜ外国人に資格を与えようとしているのでしょう。それは、安い賃金で働いてもらえるから・・・でもあるのです。海外から安い賃金で働く労働力をどんどん流入すれば、結果的に日本人の介護職者の就職を脅かし、労働条件の悪化にもつながります。介護の仕事につく若者を増やすためには、まず賃金の改善が必要であり、日本人の働き手が日本の福祉の現場で仕事をできる環境を整えることが、なによりも優先されるべきだと私は思います。

施設での介護実習

2011年11月08日(火)

探し物をしていたら、本箱の奥のほうから「社会福祉援助技術現場実習簿」なんていうものがみつかりました。社会福祉士の資格を取るためには、福祉施設で二週間の実習をしなければなりません。その時の実習ノートです。私は特別養護老人ホームを選びましたが、知的障害関係施設、身体障害関係施設、児童福祉関係施設などから選ぶことができます。

私の選んだ施設では、軽度の認知症と重度の認知症の方たちとが別棟で生活していました。最初の一週間は軽度の認知症の方たちが生活しているA棟で、後半はB棟での実習でした。初日の実習記録にはこんなことが書かれていました。「表情の乏しい高齢者や意思の伝わりにくい利用者に対して、最初はどうしても事務的にしか声がかけられなかったが、利用者が笑顔を見せてくれたとき、この仕事は対人間なのだということを改めて思った。人は心と心で通じ合うもの。どれほど利用者が重度の認知症であっても、そうなのだと思う。実習期間の間、このことを忘れずに心の隅に置いておきたい。」

人と人は心で通じ合うもの・・・これは施設での実習の間ずっと思い続け、実践していたことでした。重度の認知症の方であっても、こちらの気持ちは通じていたと思います。でもこれは綺麗ごとかもわかりません。要介護者が他人だから言えることだったのかもわかりません。

自宅での介護では、「なにもわからない」ということが、むしろ介護する側にとって楽だったりもするのですよね、それが正直な気持ちかもしれません。いわゆる「まだらボケ」の方を介護するのはとても辛いことで、24時間相手の気持ちに寄り添っていようとすれば、自分を追いつめてしまうことにもなりかねません。時に「悪い人」になることも必要なのです。

介護職の離職率

2011年08月24日(水)

きょうも、読売新聞の朝刊にこんな記事がありました。「介護」という文字を見るとついそこに引き寄せられてしまいます。

『介護職の離職率3年ぶり上昇、0・8ポイント』
介護労働者の2010年の離職率は17・8%と、前年に比べて0・8ポイント高くなったことが、23日に財団法人「介護労働安定センター」が公表した介護労働実態調査でわかった。離職率の上昇は3年ぶり。調査は昨年10月1日現在で、全国の介護サービス事業所を対象に実施、7345事業所(回答率43・1%)が回答した。1年間に辞めた職員の割合を示す離職率は、訪問介護員以外の介護職員は19・1%で、前年より0・2ポイント低下した一方、訪問介護員は14・9%で、同2・0ポイント上昇、全体では17・8%だった。

「前年に比べて」という表現がされていますが、毎年毎年、「前年に比べて」介護職の離職率は上がっているのですから、介護労働者は減るいっぽうなのでしょう。どこかで歯止めをかけないと、社会は高齢化していくのに、福祉がその事態に対応できないという日がいつかやってくるかもしれません。この記事を読んた後に、新聞に織り込まれていた求人広告のチラシを見ていたのですが、病院などの求人欄を見ると、介護職に対する社会の認識がいかに低いかが一目瞭然で、これじゃぁやめたくなるのも無理はないと思ったりします。

看護士、薬剤師、介護士の募集が一度にかけられている病院の賃金を比較してみると、たとえば看護士や薬剤師が時給1,500円から2,000円ぐらいに対し、介護職は800円から900円・・・一桁違うのです。デイサービスや訪問介護は昼間の労働ですが、施設職員になれば夜勤もあります。これは看護士と同じ労働力だと思うのですが、なにがこうした賃金の差になってしまうのでしょうね。

介護職というのは人の命と心をあずかる職業で、これって、看護士と同質のものだと思うのですが、何が違うと考えられているのでしょう。賃金云々で動くのは福祉とはいえないって?・・それは違います。賃金というのは労働に対する対価ですから、賃金が低いということは、その労働は社会的価値が低いと社会が判断しているとも考えられます。これだけの労働に対して、だからこれだけの報酬があるということ、それは「やりがい」ともつながり、結果的に仕事の質を上げる重要な要素となってくるのではないでしょうか。ですから介護職の離職者をストップするためには、まず報酬を見直す必要があるように思うのです。

といっても、そのために福祉サービスの利用者の負担が増えてしまっては本末転倒です。国が福祉に対して手厚く保護してゆく姿勢が結局のところ求められるということになりますが、小泉政権以降の「切捨て御免」の福祉政策、代表者選びに汲々としている民主党じゃこの先も良い方向に転換することなんてないかもと、これまた悲観的。

社会福祉学科で学ぶ人たち

2011年07月05日(火)

大学の社会福祉学科には3年次編入をしました。母の介護をしながら通学するのはとても無理でしたから、通信教育過程を選びました。通信教育で勉強するのは孤独との戦い・・・だから途中でやめてしまう人がとても多いという話を聞いていたのですが、入学してみるとそんなことはまったくなく、孤独どころか、一人で学ぶことが楽しくて仕方ありませんでした。定期的にレポートを提出するのですが、そのための調べものは母の介護を忘れさせてくれるもので、現実からの逃避という意味では「趣味」や「娯楽」に近かったようにも思います。大変だったのはスクーリングです。一週間は家を空けなければならず、その間母を福祉施設に預けて出かけました。これは何回も繰り返しますが「本末転倒」・・・。介護という現実から逃れることができて、むしろ嬉々としていた自分に嫌悪感&罪悪感。

スクーリングではいろいろな出会いがありました。社会福祉学科には、将来福祉の仕事をしたいと思っている方たちがたくさん来ていましたが、私が友達になった人の多くは、私同様介護の真っ只中にいる人、あるいは介護で苦しんだ経験を持った人たちでした。なんの授業だったか忘れてしまったのですが、ある教授の言った言葉を今でもはっきり覚えています。「社会福祉学科を専攻する人というのは、身の回りになにかしら問題を抱えている人が多いんですよね」。介護のみならずうつ病に苦しんだ経験があったり、身内に障害者を抱えていたりという、重い実体験が福祉の道を選ばせるのだそうです。そうかもしれません・・・確かに、何かしら事情を抱えていた人が多いように感じました。


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