料理を食べてくれない母の介護が重荷になってゆく

料理を作っても食べてくれない

2011年05月18日(水)

母親の介護。最初の頃は親孝行をしてあげようという気持ちでいっぱいでしたし、ゆったりと過ごす母を見てそれなりに満足してもいたのですが、日を経るに従って母の介護度が高くなってくると、こんな生活がいつまで続くのだろうという思いが次第に強くなっていきました。母が極端に偏食だったことが、私の気持ちをさらに苛立たせてしまっていたように思います。

そんなことぐらいで?と思うかもしれませんが、介護というのは、普段ならなんでもないような日常の小さな出来事が積み重ることで自分がどんどん縛られ、身動きがとれなくなっていくような気持ちになってしまうものなのです。たとえば焼きソバ、おにぎり、スパゲッティ・・・など、簡単に作れる料理には一切手をつけてくれませんでした。一口食べると箸を置いてしまうのです。「嫌い?」と聞くと「年寄りはこれぐらいしか食べられないのよ」と言います。いえ、そんなことはないのです。お刺身(食べるのは上トロだけで赤身は食べませんでした。)や、手の込んだ料理ならいくらでも食べていたのですから。

私は趣味と言えるほど料理を作るのが好きですから、手の込んだものを作ることはまったく苦になりません。でも、仕事がたて込んでいる時や体調の悪い時には簡単な料理しか作れません。大変な思いをして作ったものを大半残されてしまった時の、なんとも言えない虚脱感。

外出をする時には簡単に食べられるものをと思ってお弁当を作って置いていくのですが、これも手をつけてくれません、お弁当が嫌いなのです。それならとおにぎりを置いていけば、これもまた少し齧ったままでテーブルの上に残されています。口に合わないものは、どれほどお腹が空いていても手をつけないのです。

そんなこんなで外出ひとつするのも気が重くなり、そのうち、自由が束縛されていることへの言いようのない鬱陶しさを感じるようになっていきました。もう蜘蛛の糸に絡み取られた蝉のよう。もがけばもがくほど苦しくなってゆくばかりでした。

これは余談ですが、おにぎりが嫌い・・・という人をあまり知らないので、母がおにぎりに手をつけないことをとても不思議に思っていましたが、今思うと、子供の頃に受けたトラウマがあったのかも知れません。口には出しませんでしたが、家庭環境に恵まれない幼少時代をすごしていたようですから。理解をしてあげれば良かったと思ったのは、母が亡くなってからのことでした。


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