母の介護で辛かったのは母の心を受け止められなかった自分の在りようだった

母を受け止められなかった私

2011年05月21日(土)

母の介護で一番辛かったのは肉体的にやや重労働だったことでもなく、あまり気が合わない母と、四六時中顔を突き合わせていなければならなかったことでもありません。料理の好き嫌いのことを以前書きましたが、料理を食べてくれなかったというのも、一番辛かったこととはとても言えません。

一番辛かったのは・・・母を暖かく受け止めてあげることのできない自分の心の在りよう、それをどうしようもすることができなかったということでした。母が生きている間はもちろんですが、母が亡くなってからも、この時の自分を思っては苦しんでしまいました。

心の奥底では、老いてゆく母をしっかり受け止めてあげよう、母の心の支えになってあげようといつも思っていたのです。どれほど老いを心細く思っていることか、どれほど娘の家にいることを心苦しく思っていることか、若かった自分をさぞ懐かしく思っていることだろう、そんな気持ちで迎えている老いは辛かろう、せめてこの家で、娘の家で安心して生きられるようにしてあげたいと、そう思っていました、

でも、母の存在は私の生活をどんどん侵食していくように感じました。生活のすべてを母中心に考えなければならなくなってしまったのです。まだ40代、やりたいことがいっぱいあります。それなのに、自分の生きる道のすべてが閉じられてしまったかのようでした。母への愛は憎しみや煩わしさと混ざりあい、なんとも表現できないドロドロなものに変形していきました。

そんな心境を打破しようと思って挑戦したのが、社会福祉士の資格取得でした。母がお世話になっていたホームの職員のほとんどが20歳代で、とてもとても私の心境など理解してくれそうになかったことも後押しをしました。福祉を学んで、自分が抱えている問題を自分で解決してみたいと思ったのです。社会福祉学科のある大学を探し、3年編入で通信教育を受けることになりました。このことも、実は今では後悔につながっているのです。机上の学問と現実はまったく違ったような気がします。


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