施設の汚物の臭いに耐えられない

母のにおい

2011年05月23日(月)

先日、社会福祉士の国家試験のための勉強会で一緒だった仲間たちと、数年ぶりに会ってお食事をしました。勉強会で指導をしてくださっていた先生からの提案で、男性は先生を除いてKさん1人だけ。Kさんはもともとエンジニアだったのですが、定年退職をして福祉の道に入られました。特別養護老人ホームのデイサービス常勤職員として働き始めてから、もう7年になるそうです。福祉の現場は職員がコロコロと入れ替わるのが常ですから、7年という年月はとても長く感じられます。今年71歳だそうですから「老々介護」のような気も・・・

Kさんの施設ではやはりKさんが一番の長老になるそうです。若い人はどんどんやめてしまう・・・そうボヤいていました。若い人が居つかない理由として、たいてい夜勤の大変さが挙げられますが、Kさんも先生も「最近は糞尿の臭いに耐えられないという人が増えているんですよ」と口をそろえて話されていました。初耳でした。朝シャン世代(これももう古いのかな?)は、臭いに敏感なのかもしれません。

実は私も福祉を志していながら、特別養護老人ホームでの研修や人手不足の施設のお手伝いなどをした時の、あの汚物の始末に決して慣れることはありませんでした。部屋に据え付けられている簡易トイレを掃除するために、両手に汚物の入ったポリバケツを提げて洗い場まで行く時の、あの言いようのない抵抗感を忘れることができません。

気持ちの中では、排泄がどれほど人間にとって重要なことであるか、自由を奪われ、他人におシモの世話をしてもらわなければならないことを、高齢者の方たちがどれほど辛く感じているか、申し訳ないと思っているか、どれほどプライドを傷つけられているか、その心情はしっかり理解していたつもりだったのですが、だめでした・・・。私には、福祉に対する確たる「理念」がなかったように思います。

母に対しても同じでした。そのことで母を責めたり辛い思いをさせたり、屈辱感を与えたり傷つけたりということはありませんでしたが、むしろ丁寧に介助をしていたつもりだったのですが、心のどこかに、母にまとわりつく臭いを避けようとする自分がいました。今思えば、その臭いこそが生きている証だったんですよね。母はもうどこにもいないのです。


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