スクーリングに出席するために腰を痛めた母を介護せず施設に預けてしまった。

母の介護より自分のこと

2011年05月27日(金)

社会福祉士の試験に合格した前年の夏、母は亡くなりました。施設で転倒して腰を打ってからというもの急激に体力が衰え、回復することはありませんでした。私はそんな母を置いて大学の夏季スクーリングに行ってしまったのです。大学は京都にありましたから、一週間家を空けなければなりません。起き上がれない母を置いていく不安より、スクーリングに出席しないために卒業が延期になることを私は恐れました。実に愚かな選択をしてしまったのです。

施設に預けていけば必要なら治療も受けさせてくれるだろうし、介護のプロなのだからうまく対処してくれるだろうと思ったのも大きな間違いでした。施設ではただ寝かせたままで、必要な治療に通わせてくれることもなかったのです。スクーリングから戻った時、母の状態は明らかに悪化していました。「福祉の勉強のため」という口実をつけて、介護が必要な母を見棄てただけじゃないかという思いは、今もなお私の心を責め続けています。

ただでさえ寂しがりやだった母のことですから、どれほど家に帰りたいと思っていたことでしょう、どれほど心細かったことでしょう。そんな母の思いに心至ったのは、母が亡くなってからでした。時すでに遅しです。生きている時になぜそう思うことができなかったのか、母の気持ちになぜ寄り添ってあげることができなかったのか・・・。それは、母への子供の頃からの複雑な思いと姉との確執のせいだったと思います。老い、そして衰弱していった母を思いやる気持ちより、憎悪にも似た感情が私を「鬼」にしてしまったのです。


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