親の介護は子供の義務なのか、犠牲なのか?

管理される介護

2011年12月08日(木)

施設での生活は「管理されている」といった印象がありました。施設側としては決して管理をするつもりはないのでしょうが、一日のスケジュールが厳密に決められていますから、それに従って利用者を介護をしてゆく必要があります。健康管理のことを考えればそれも仕方のないことだとは思いますが、軽度の認知症の方にとって、自分のペースで生活ができないということはとても辛いことのようでした。

母もそうでしたが、高齢になって介護が必要になった時というのは、体を動かすこと、モノを考えることが一苦労になってしまっていて、他人のペースで生活することは到底無理な状態になっています。それでも、施設はある意味集団生活の場ですから、自分だけが違うことをしたいと主張することはできません。それを言うためには相当の勇気が必要です。その結果、やりたくない、動きたくない、そう思っても言い出すことができずに胸の奥にしまい込み、無理をしてしまうんです。わがままを言えば迷惑がかかる・・・そんな思いもあるのでしょう。その気持ちを汲み取らないと、よかれと思ってやっていることが、要介護者にとってはとんでもない負担になってしまうことがあります。

「やりたくないなら、今はやらなくていいよ」と一言言ってあげるだけで、気持ちはぐんと楽になるようです。母もそう言ってあげると「ああ、よかった」と言っていました。やらなければならないことがあっても、無理強いは禁物です。とはいっても、そのためには介護者に時間的・精神的余裕が必要になります。施設も一般の家庭でも、要介護者とゆったりした時間を共有する、これが一番難しいことなのかもしれません。


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