親の介護は子供の義務なのか、犠牲なのか?

なぜ徘徊するの?

2011年12月19日(月)

私の住む町は田舎町。農村地帯だった名残なのだと思いますが、町の真ん中にはスピーカーが設置されていて、正午を知らせる音楽や、夕方5時を知らせる音楽の他に、「振込み詐欺に注意しましょう」「空き巣が入りました」といった情報が、警察や消防署、市役所などからしょっちゅう流れてきます。最近とても多く感じられるようになったのが「行方不明者を探してください」という放送です。「80歳の女性が行方不明になっています。髪は白髪、白のブラウスに紺色のズボン、スニーカーを履いています。心当たりの方は・・・」といったもので、この放送を聞くたびに、徘徊している高齢者の姿が目に浮かんできます。

徘徊をされる方って結構多く、(実際は家にいるのですが)住み慣れた家に帰りたいという衝動が、普段はとても出ないような力でドアをこじ開けようとしたり、高いところに鍵があると椅子を持ってきて開けようとしたりします。どこから?と思うようなところから外に出てしまうので、介護者も気が休まりません。施設実習が終わった時、大学の教授が徘徊についてこう説明してくださいました。「徘徊は安全な場所を求めようとする行動なのです。安全な場所であり、信頼できる人間がいるという感触を要介護者が得られれば、ある程度、徘徊を食い止めることがも可能になります。」

そう、不安なんですよね。認知症のある方は今自分のいる場所がどこなのかがわからないわけで、自分に置き換えてみても、そういう状況に自分が置かれたらとても不安な気持ちになるだろうことは想像に難くありません。安心させてあげることというのはちょっと難しいことかもわかりませんが、なにがあっても傍にいてあげるからネ・・・という、その気持ちは不思議と伝わります。


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