母親の介護で時に確執がよみがえる

母の介護と確執

2012年02月15日(水)

日曜日(12日)の読売新聞に秋川リサさんの介護のお話が掲載されていました。秋川リサさんといえば、かわいらしい表情と舌足らずの話し方が印象に残るタレントさん(モデルさん)でしたが、その秋川さんも今年還暦なんですね。認知症のお母様を介護し始めて3年になるのだそうです。心労が重なり、親子共倒れになるのではないかと思い詰めた時期もあったそうですが、家族や周囲の支えで乗り越えとか。読み進むにつれ、徘徊する母親の世話と仕事に終われる毎日、デイサービスやショートステイなどを利用してはいたものの、肉体的な負担以上に精神的に大変だった様子が目に浮かび、かつての私のの感情とダブりました。
 
「ショートステイに行くための荷造りを母の部屋でしていた時、ノートを見つけました。何だろうと思いページを開くと、「娘の人生のために私は犠牲になった」「孫が生まれてもうれしくない」。それは、母が60歳の頃に書いた日記だったのです。最初は信じられませんでした。言葉の一つ一つが胸に突き刺さり、読んでしまったことを後悔しました。
 私の父はアメリカの軍人で、母とは早くに別れました。父のいない家庭で私は10代から芸能界で仕事を始め、母の暮らしを支えてきたという自負がありました。それを全否定されたみたいで、平静でいられない自分がいました。こんな気持ちで介護を続けられるのか。だからと言って逃げ出すことはできない。相反する思いの中で続ける母の世話はつらいものでした。(中略)
 介護生活がつらくなった時、「お母さんがいるから、あなたがいる。感謝の気持ちが大切よ」などと励ましてくださる方もいます。もちろん、その通りです。しかし、介護を続けていると、心の底に眠っていた確執や葛藤が、意に反して表面化してしまうことがある。それを理解してもらうのは難しいことです。」

確執がよみがえるということ・・・私もこれが本当につらいことでした。過去のことを思っても仕方がないのに、なぜ自分がこの母を、という思いが心の中で蠢き続けました。前にも書きましたが、楽しかったこと、良くしてもらったことよりも、介護をしている辛さの中で、ついつい確執だけがよみがえるのです。そんなこと、全部水に流してしまってよかったことだったのにと・・・今は思っています。


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