母の介護で溜まったフラストレーションをお鍋やザルに当たり散らす

歪んだお鍋とザル

2012年02月27日(月)

我が家の台所には凹んだお鍋や、変形している金物のザルがあります。いつまでも捨てずに置いてあるのは自分を戒めるためです。お鍋が凹んだのは思い切りお鍋を床に叩きつけたから・・・金物のザルが変形しているのは、シンクのかどに思い切りザルをぶつけたから。

どれもこれも、私の苛立ちがこういう形になっているのです。母を介護している時の出口のない思い、介護でこれから先ずっと明け暮れてしまうのだろうかという不安とあせり。介護を放棄して電話さえかけてこない姉に対する怒り・・・。そんなものが渦まいていました。優しい声を母にかけながら、心の奥底で溜まってゆく滓を捨てる場所がみつからず、鍋やザルに当たっていた私。

母が「ほんとうに良くしてもらっているのよ」と姉に言っているのを聞いたとき、偽善の中に生きている自分を責めました。母はほんとうにそう思っていなかったかもしれない・・・でも、噓であってそう言っている姿を見たとき、私は自分をうんと責めました。噓をついている、私は介護なんかしたくないんだ、母がいつ死んでくれるかとそのことばかりを思っているのだと、そう誰かに大きな声で訴えたかった。

そんなことを思うなんて親不孝だと介護経験のない人たちは言うかもわかりません。そう、きっと心から親を慈しみ、介護をされている方もいるでしょう。でも私は違かったのです。歪んだお鍋とザル、毎日必ず立つ台所でこれを見るたびに「お母さんごめんね」という言葉がふと口をつきます。


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