徘徊する高齢者を見守る介護者の負担

徘徊させたら介護者の責任って?

2014年04月25日(金)

昨年、徘徊して列車にはねられ死亡した愛知県の91歳(当時)の男性の妻(当時85歳)に対し、24日、名古屋高裁はJR東海へ359万円の損害賠償を支払うよう命じました。長男は見守る義務がなかったということで、支払い請求が棄却されています。とても複雑な思いでこのニュースを受け止めています。

昨年8月の地裁判決では、横浜市に住み、父親の介護方針を決めていた長男に事故を防ぐ責任があったと認定し、見守りを強める責任を果たさなかったということで長男に対しても損害賠償の支払いが命じられています。ほかの親族3人は介護への関わりが乏しいので責任なしですって。ひどい話だなあ・・・と思います。介護していた妻にすべての責任を押し付けています。介護をしていた人が一番の悪者になっちゃうなんて、そんなのって、あり???

徘徊する高齢者の見守りは、想像しているよりもずっとずっと大変なのです。作家の丹羽文雄さんも最後は認知症になり徘徊を繰り返していましたが、介護をされていたお嬢さんが、どんなに高いところに鍵をかけても、何重に鍵をつけても徘徊する時には鍵を開けてしまうのだと書かれていたのを思い出します。一体どこから鍵を開ける力や知恵が出てくるのか不思議だったそうです。私自身、足腰が立たないはずの方が、徘徊の時になるとスタスタと歩かれるのを見てびっくりした経験があります。

親の介護でくたくたになっている兄弟姉妹を尻目に、介護負担から逃げ回っている人たちがたくさんいます。なかには「生きている間は会うのもいやだ、連絡もしてくるな」と親兄弟に言い捨て、それでも「死んだら家は継いでやるから、財産は俺に渡せ」と、わざわざ公正証書まで作っている長男なんていうのもいます。

介護していた人をさらに叩きのめすような判決を下す暇があるのなら、こうした介護者の負担軽減の方策を国に命じるなりしたほうがよほど建設的なのではないでしょうか。平成27年をメドに「介護3」以上しか施設に入所できなくなるなど、認知症の高齢者は在宅介護が基本、という姿勢を国が示している中、こうした判決はほんと「時代に逆行した判決」です。85歳というご高齢で、こうした判決の中に身をおかなければならなくなった妻にも同情を禁じえません。夫婦であったことがすべて帳消しになるような酷な判決です。

裁判長さんよ、あなたが徘徊老人になった時は、ウムを言わせず「拘束」しましょうかネ。


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