病院に入院した母への後悔

病院の母

2011年10月26日(水)

私の家では毎週、農家と直接契約をしているある組織にお野菜を注文していますが、毎週、野菜を入れた箱の中に、生産者のお一人が書かれたお便りのようなものが入れられているのを楽しみにしています。きょうは「コスモスと天国」という題で生産者Sさんが書かれていました。ちょっとその文章を拝借させて頂きます。

Sさんはコスモスを見るたびに、5年前の10月に亡くなられた母親を思い出して感傷的な気持ちになられるのだそうです。肺がんで亡くなられたお母様が最後に病院で過ごされた2週間、毎日欠かさず病院に行っていた親孝行なSさん・・・そのはずなのですが、Sさんの心の中はこんな思いで渦巻いていたのだそうです。

「次第に消えかかっている命を目の当たりにする度に自分までが消え入りそうに思えて、面会時間ギリギリに行ったり、眠剤が効いてウトウトと眠り続けることに行ったり、なるべく短い時間で済まそうとしている、薄情な長女でした。この立場が反対で、子供を看取る母親ならば、こんな冷たい事はしないだろうと思わずにはいられませんでした。」

そんな気持ちを癒してくれていたのが、花の苗と飼ったばかりの子犬だったそうです。病院から戻ると、成長する花を眺め子犬と戯れることで心の均衡を保とうとしていたと書かれていました。なんだかとても身につまされる文章です。私も母が腰を打って入院していた時、同じような気持ちになっていたからです。

後悔の残らない介護をされた方もたくさんいらっしゃることとは思いますが、たぶん多くの方は、親孝行をしたいという気持ちとは裏腹に、老いてゆく親、体が動かなくなくなってゆく親に冷たい仕打ちをしてしまったという後悔を、少なからず持っているのではないでしょうか。季節の花というのは、親との思い出を鮮明に思い出させます。Sさんはコスモス、私は家の門の横に咲くサザンカ・・・母親と過ごした日のことをまた思い出して、私もちょっぴり感傷的な気分になっています。


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