台所から母の姿がなくなった

母のいない台所

2011年11月04日(金)

母が元気な頃に買ってくれた「ザル」が、ついに壊れてしまいました。ザルって、ザル?・・・そう、お米をとぐ時のために一工夫してあるプラスチックのザルです。まだ母が元気で台所に立っていた頃、実家に遊びに行ってそのザルをみつけ、「便利そうねえ」と言ったのを覚えていてくれて、次に遊びに行った時に手渡してくれました。20年も前の話です。ただの安っぽいピンクのザルでしたから、すぐに壊れてしまうと思っていましたが、まあよくぞ20年ももってくれたものだと感心しています。母の面影と共に20年も私の手元にいてくれたのですから。台所というのは主婦が一日のうちで一番長くいる場所ですから、そのザルが目に入らない日はなく、台所に立つたびに母の姿を思い浮かべていました。

母も一日のうちのほとんどを台所で過ごしていました。料理、お菓子作りが好きで、子供の服もほとんどお手製。料理は焼きすぎてしまう傾向があって、焦げた料理を見ては父が「お母さんの料理は衛生料理だね」とからかっていました。幸せだった時代。そんな母も次第に体力がなくなり、包丁でモノを切る力がない、鍋が重くて持てないという状態になり、次第に台所から遠ざかってしまうようになりました。私の家に住むようになってから、一度だけお茶碗を洗おうとしたことがあったのですが、私はそれを止めてしまいました。介護に追い詰められていた私の気持ちは荒んでいて、母が鬱陶しく感じられていた時でした。「私の領域を侵した」という、そんな心境だったのです。何の役にも立てない・・・母はそう思ったに違いありません。生きることの意味が見出せなくなった時、人は生きようとする気力を失ってしまうのではないでしょうか。私はそんなことに手を貸してしまったように思います。


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