母が利用していたデイサービスのノート発見

デイサービスのノート発見

2011年09月26日(月)

今日、テレビ(BS以外は観ないので、24インチの昔の寸胴テレビのまま)の脇に本らしきもの落ちているのが見えたので掃除をしてみると・・・なんとそこにあったのは、母がデイサービスに通っていた時の連絡帳でした。施設が今日はデイサービスでこれこれをしましたと報告してきたり、家での母の様子はこんなふうでしたということを施設に伝えたりするノートです。もうかれこれ10年近く、テレビの裏でひっそり過ごしていたというわけです。お彼岸が過ぎたばかり。母が私の目の前にわざとノートを置いたのかと一瞬思いましたが、中を見る気にはどうしてもなれず、また母もデイサービスの時のことなど思い出したくもないはず。ごめんなさいとポツリつぶやいて捨ててしまいました。

母の生きていた時の記録。大切に大切に保管されている方もいらっしゃるでしょう。捨ててしまうなんて、なんて親不孝なのだと思われる方もいらっしゃるでしょう。私にとっては、介護されていた母の姿を思い出すことは苦痛でしかないのです。元気だった頃の母はよく笑い、よく泣き、よく怒る女性で、感情的で手に負えないところがありました。そうした感情を、私と暮らすことで押し殺すようになりました。次第に表情をなくしていった母を思い出すのが辛くて仕方がないのです。老いてゆくことを嘆き、体が不自由になることに怯え、周囲の出来事を理解できなくなってゆく悲しみに耐えていたのでしょう。私がその気持ちを汲み取れなかった・・・。母を無表情にしてしまったのは私なのではないかと、そんな加害者意識が私の心を責め続けます。

介護されていた老いた母、もうその母ではなく、きっと元気な時の朗らかな母に戻っているはず。「デイサービス?私はそんなもの利用したことないわよ、失礼ね!」と、母は怒っているのではないかしら。


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