姥捨山に捨てられるのではないかと怯える母

「姥捨山」に怯える母

2011年06月30日(木)

母の介護を始めて3年か4年経った頃だったでしょうか、母の部屋に行くと、ソファに座っていた母が暗い顔をして私にこう尋ねるのです・・・「姥捨山って本当にあるの?」。「あれはね、作り話」そう言うと「良かった、ああ良かった」と安心した様子を見せました。あの時の母は一人部屋の中で何を考えていたのでしょう。いつか山の奥深くに捨てられてしまうのではないかと、そんなことに怯えていたのでしょうか。母は人一倍臆病だったせいもあって、暗い部屋を嫌い、夜も電気を消して寝ることができませんでした。そんな母ですから、山に捨てられてしまうということが何より怖かったに違いありません。山の奥で朽ち果てる、そういう想像は誰にとっても恐怖ですが。

その時のことを思い出すたびに思うのです。姥捨山に捨てられてしまうかもしれない、そう思わせてしまった私って、私の介護っていったい何だっただろうと。安心して余生を送れる環境だということを、なぜ母に伝えなかったのか、伝えられなかったのか、悔やまれてならないのです。私が心の奥底で母の存在を疎ましく思い、母の犠牲になってしまったという気持ちがあったことを、母は感じ取っていたのでしょう。気性の激しい母でしたが、人の気持ちを察することだけは誰よりも長けていた母でしたから、私の気持ちを見抜いて不安にかられていたに違いありません。「大丈夫よ」と抱きしめてあげたいけれど・・・母はもういないんですよね。


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